ベリル・ガーデナントのMBTIと名言・名セリフ|ISFJ・「剣聖と呼ばれていると知らされて」
擁護者片田舎のおっさん、剣聖になる / レベリオ騎士団(特別指南役)/ビデン村の剣術道場 ・ 剣術師範 / レベリオ騎士団特別指南役
ベリル・ガーデナントのMBTIと名言・名セリフ
ISFJ(擁護者)
『片田舎のおっさん、剣聖になる』の主人公で、レベリス王国ビデン村にある代々続く剣術道場を父モルデアから継いだ45歳の師範です。
- I内向型
- S感覚型
- F感情型
- J計画型
- 年齢45歳
ベリル・ガーデナント(ISFJ)の性格
『片田舎のおっさん、剣聖になる』の主人公で、レベリス王国ビデン村にある代々続く剣術道場を父モルデアから継いだ45歳の師範です。魔法適性は皆無で、本人いわく「常人よりも幾分かマシな太刀筋」の持ち主にすぎないと自己評価しています。ところが道場から巣立った弟子たちは、レベリオ騎士団長アリューシア・シトラス、ブラックランク冒険者スレナ・リサンデラ、魔法師団の剣魔法使いフィッセル・ハーベラーと軒並み大成しており、世間では本人の知らないうちに「片田舎の剣聖」と呼ばれていました。
アリューシアの推薦により国王御璽印章付きの任命書で騎士団付き「特別指南役」に任じられ、田舎の道場主から首都バルトレーンへ生活の場を移すことになります。アニメ第1期は、この上京から始まり、国王グラディオに正式に剣聖と認められるまでを描きました。
ベリルの人生は、父から継いだ田舎の剣術道場という一点に定着しています。
なぜISFJなのか
ベリル・ガーデナントをISFJと判断した根拠を、作中の描写にそって整理します。
受け継いだ道場と型を、そのままの形で守り続ける(優位機能:Si)
ベリルの人生は、父から継いだ田舎の剣術道場という一点に定着しています。得物は昔からロングソード一本で、理由を問われれば「教えるにも適しているし、何より扱い易い」と答えるだけ。指導の核も「剣は腰で斬るもの」という道場時代からの一言で、原作第39話で騎士となったクルニに教える場面でも、まったく同じ言葉が出てきます。
門下生を卒業させるときは餞別に剣を贈るという慣習も、代々そのまま踏襲されたものです。新しさや効率ではなく、自分が積み上げてきた経験と受け取った型を反復して確かなものにしていく。これはISFJの優位機能Si(内向的感覚)の働きそのものです。
「大人の責任」で子どもを引き受ける(補助機能:Fe)
原作第46話、蘇生魔法があると信じ込まされて盗品売買に加担していた少女ミュイの境遇を知ったベリルは、「少なくともいい歳こいた大人には、何も分からぬ子供を最低限導く義務がある」と内心で断じ、彼女を騙した黒幕を「――だからこそ、許し難い」と切り捨てます。そして盗賊のアジトに踏み込んだうえ、その後の身の振り方まで引き受けました。
自分の得にはまったくならないのに、目の前の弱い立場の相手に対して「大人としてどう振る舞うべきか」から行動が決まる。役割と義務の感覚で他者へ手を伸ばすのは、補助機能Fe(外向的感情)に導かれるISFJの典型的な動き方です。
力を否定し、理屈で「方向」を操る(第三機能:Ti)
ベリルの剣術は腕力ではなく分析に支えられています。「一直線に強い力というのは、横合いからの力にめっぽう弱いのである」「突きと違って払い打ちは出がかりを潰して力の方向を曲げてやればそこまで力は要らない」と、原作第12話では自分の技を力学の言葉で説明しています。大型モンスターとの戦いでも「力の方向を剣で操りながら躱し、そして躱しながら反撃を当てていく」と同じ原理を適用しました。
指導では両手剣を袈裟切りではなく薙ぎ払いで使わせ、リカッソの活用まで理詰めで教えます。この静かな仕組みの解剖は、ISFJの第三機能Ti(内向的思考)が指導者としての強みへ結晶した姿です。
称賛も出世も居心地が悪い、極端に低い自己評価
自分が「片田舎の剣聖」と呼ばれていることを、ベリルは特別指南役に推薦されるまで知りませんでした。褒められれば「ナイスジョーク」「またご謙遜を」と受け流し、「悪い気はしないものの、実力以上の見られ方をしていると思うと気を揉む」と落ち着かなくなります。原作第31話では冒険者ギルドマスターの勧誘を「いえ結構です」と即断で断りました。
自己像を過去の積み重ねから測るSiの持ち主は、外から与えられた新しい肩書きを自分の実感と接続できません。一方で目の前の役割からは逃げない。この「評価は要らないが責任は負う」という配置は、ISFJの分かりやすい輪郭です。
名場面と名言・名セリフ
剣聖と呼ばれていると知らされて
そうは言うがね。俺の力量なんて高が知れているよ
原作第3話、元弟子で騎士団長となったアリューシアから「先生程のお力であれば、何も不思議ではないでしょう」と言われた際の返答です。ベリルは自分の到達点を「常人よりも幾分かマシな太刀筋」と値踏みし、そこに諦観混じりの納得をしています。ISFJの優位機能Si(内向的感覚)は自己像を過去の実感の蓄積から組み立てるため、他人が差し出す新しい評価をうまく受け取れません。
同じ場面で「そんなことはない。今も昔もただのしがない男だよ」とも返しており、謙遜ではなく本気で言っているところが彼らしさです。
逃げずに残ると腹を括った瞬間
……やるしか、ないよねえ!
原作第29話、新人冒険者の実地研修中に特別討伐指定個体ゼノ・グレイブルと遭遇し、負傷者を治療する時間を稼ぐため単独で足止めに出る場面です。地の文では「ここで放り出して己だけ逃げ出すなど、剣士の恥」「我が身可愛さに剣士としての矜持を捨てられる程、卑劣な大人じゃないのである」と理由が語られます。勇敢さの誇示ではなく、大人として果たすべき務めから逃げないという義務感が先に立つ。
補助機能Fe(外向的感情)が場の役割を引き受けさせた瞬間でした。
行き場のない少女への答え
まあ、何とかなるし何とかするさ。それが大人の責任だ
原作第51話、保護したミュイが「アタシは、これからどうすりゃいいんだろうな……」と漏らしたのに対する言葉です。壮大な理想も説教もなく、ただ自分が引き受けると告げるだけの短い返答でした。ISFJは抽象的な正義よりも、目の前の相手が今日どう暮らせるかという具体に責任を感じます。彼女に差し出した手は取られませんでしたが、ベリルはそれでいいと納得しています。
見返りや感謝を条件にしないところに、この人物の面倒見の質がよく出ています。
道場時代から変わらない一言
注意点は最初にも言ったけど、腕力で振ろうとしないこと。剣は腰で斬るものだからね
原作第39話、両手剣ツヴァイヘンダーへ転向した元弟子クルニへの個別指導です。ここで出てくる「剣は腰で斬る」は田舎の道場で教えていた頃からの口癖で、相手が王国の騎士になっても教える中身は変わりません。積み上げた型を状況が変わっても保ち続けるのは、ISFJの優位機能Si(内向的感覚)の特徴です。同じ場面の地の文で「俺は、俺の弟子たちに形無しにはなってほしくない」と語られる通り、指導は彼にとって唯一自信のある領域でもあります。
認知機能のスタック
4つの認知機能がどの順で働いているかを見ていきます。
Si(内向的感覚)。父から継いだ道場、使い慣れたロングソード、「剣は腰で斬る」という不変の教え、餞別に剣を贈る慣習と、ベリルの生活はすべて積み重ねてきた過去の上に立っています。自己評価も同じ経路で作られており、長年の鍛錬の実感から「俺の到達点はここなんだな」という結論を出したあとは、周囲がどれだけ持ち上げてもその像が更新されません。世間の「片田舎の剣聖」という呼び名を知らないまま暮らしていたのは、外側の評判に関心を向ける回路そのものが弱いからです。
Fe(外向的感情)。特別指南役の話を受けるにあたって最初に口にした懸念が「この道場はどうなる? 俺は今でも門下生を多く持つ身だ」であったように、判断の起点はいつも自分が面倒を見ている相手です。実力を疑って殺気を向けてきたヘンブリッツにも「いや、俺は気にしてないよ。いきなりこんな男が現れては、そこに疑問を感じるのも尤もだと思う」と場を収める言葉を返し、剣を折ってしまったと詫びるスレナには「スレナがとった行動は最善だ」と責任を引き取ります。場と人の感情を整えにいく補助機能Feの働きです。
Ti(内向的思考)。剣の技を「力の方向」という一貫した原理で説明し、武器種ごとの運用差まで分解して弟子に渡せるのは第三機能Tiの貢献です。ヘンブリッツとの模擬戦では「精神の波を水平に落ち着かせ、駆け出した相手を観察する」と集中を作り、初動から次手を読み切って一太刀も許さず勝ちました。感覚を言語化して他人に移植できる形にする、教育者としての中核がここにあります。
Ne(外向的直観)。まだ見ぬ可能性を広げて考える働きが、この人物では最も弱い位置に置かれています。世間から「片田舎の剣聖」と呼ばれていることを特別指南役の話が来るまで知らず、しかもその話を繰り返し冗談だと疑い、国王御璽印章付きの任命書という物証を突き付けられるまで受け入れませんでした。原作第31話の冒険者ギルドマスターによる勧誘も、別の生き方があり得るかを検討する間を置かずに「いえ結構です」で終わっています。自己像も同じで、長年の鍛錬の実感から「俺の到達点はここなんだな、という妙な納得」を出したあとは、そこから先の伸びしろを想像しません。道場が自分の代で途絶えるかもしれないという先行きも、原作第3話で不安として胸に置かれるだけで、打開策が構想されることはない。目の前の役割は完璧に果たすのに、まだ起きていない展開を自分から広げにいく回路が育っていない。ISFJの劣等機能Neの典型的な現れ方です。
人間関係と相性
ベリル・ガーデナントと関わりの深い人物との相性を、性格タイプの観点から見ていきます。
アリューシア・シトラス(INTJ)── ISFJとの相性
ベリルにとってアリューシアは、12歳から16歳までの4年間を道場で預かった元弟子です。免許皆伝の餞別として渡した剣を彼女は騎士団長になった今も帯び、原作第3話では本人の意思を確かめるより先に国王御璽印章付きの任命書を用意して、特別指南役の話を断れない形にしていました。ISFJのベリルは優位機能Si(内向的感覚)で「今ある道場と門下生」という持ち場から発想するので、最初に出てくる言葉は「この道場はどうなる?
」です。対してINTJのNi(内向的直観)は「先生に相応しい舞台を用意する」という一点の未来像から逆算し、認可も馬車も住居も先回りして道を敷いてしまう。過去を保存する人と未来を確定させる人という、方向の違う二つの内向機能が、噛み合うと強烈な推進力になります。ただしベリルの補助機能Fe(外向的感情)は相手の好意を役割の言葉に翻訳して受け取るため、彼女の私的な重さだけは「嬉しいんだけどちょっと重いぞゥ?
」と処理しきれずに残り続けます。
ヘンブリッツ・ドラウト(ESTJ)── ISFJとの相性
初対面のヘンブリッツは、団長の紹介を遮って「我々は誇り高きレベリオ騎士団。指南役にも相応が求められます」と実力の証明を要求しました。原作第12話の模擬戦でベリルは十分間、一太刀も入れさせずに完封し、彼は即座に「完敗です。よもやこれ程とは」と非礼を詫びます。ESTJの優位機能Te(外向的思考)は肩書ではなく検証可能な結果で人を格付けするので、結論が出た瞬間の切り替えが極端に早い。
ISFJのベリルはその要求を無礼と受け取らず「いきなりこんな男が現れては、そこに疑問を感じるのも尤もだ」と返しました。ここで働くのが補助機能Fe(外向的感情)で、相手の立場を理解してから自分の感情を決める順序になっています。しかもESTJの補助機能はSi(内向的感覚)なので、二人とも「積み上げた経験を規範にする」土台を共有しており、前提の擦り合わせがほとんど要りません。
以後彼は最も打ち合い回数の多い相手となり、ベリル側も「人の上に立つ姿勢や考え方は大いに参考にしたい」と述べています。
クルニ・クルーシエル(ESFP)── ISFJとの相性
クルニは道場に約二年通ったまま騎士団入りしたため、卒業生に贈るはずの餞別の剣をまだ受け取っていません。ベリルはそれを心残りとして抱え続けています。原作第39話ではツヴァイヘンダーに転向した彼女へ、振り下ろしを封じて薙ぎ払いとリカッソを使う運用を個別に教え、最後は道場時代と同じ「剣は腰で斬るものだからね」で締めました。
彼女が「腰で斬る! 懐かしい言葉っす!」と返すこの往復が、二人の関係の型です。ESFPの優位機能Se(外向的感覚)は今この瞬間の手応えで学ぶので、理屈より先に身体が動く。ISFJのSi(内向的感覚)はその動きを過去の基準と照合し、ずれた分だけ言葉にして返す。感覚型同士で目線の高さが同じまま、時間軸だけが逆を向いているので指導がまっすぐ通ります。
加えてベリルの補助機能Feは彼女の底抜けの明るさに素直に救われており、久しぶりの実家の道場の前で立ち尽くしたとき(原作第148話)に背を押したのもクルニでした。
フィッセル・ハーベラー(ISTP)── ISFJとの相性
フィッセルは道場に約五年在籍し、餞別の剣を受け取って巣立った弟子です。原作第15話の再会ではベリルが彼女に気付けず「正解。でも遅い。私はかなしい」と拗ねられ、第65話では単独任務で押し負けかけた師に「――させない」と割り込んで救っています。ISTPの優位機能Ti(内向的思考)は原理を自分の中で組み替えるので、剣魔法の依り代論を理路整然と説明できる一方、他人が何につまずくかを想像するのは苦手で、授業はいきなり「皆木剣持って、素振り千回」になります。
ここで効くのがISFJの補助機能Fe(外向的感情)です。ベリルは原作第126話、剣魔法科の人気が出ない理由を問答の形で辿らせ、彼女自身に「……私、褒めてなかった」と言わせました。答えを先に与えず、相手の内側の論理が結論に届くまで待つ。ISFJの第三機能Tiが彼女の思考の筋道を追えるからこそ成立する導き方で、ベリルの側も彼女に二度救われています。
ルーシー・ダイアモンド(ENTP)── ISFJとの相性
ルーシーとの出会いは、原作第18話、街中でいきなり豪炎を放たれた腕試しでした。「試してみたいのよ。――強者を相手にの」と笑う彼女に、ベリルは間合いを詰められないまま互角の膠着へ持ち込みます。ENTPの優位機能Ne(外向的直観)は思いつきから行動までの距離が極端に短く、盗賊団の拠点が割れれば「今から潰すぞ」と、準備を求める声を押し切って扉を蹴破る。
ISFJのSi(内向的感覚)は真逆で、手順と前例を確かめてから動く型です。それでも二人が組めるのは、ミュイの処遇で結論が完全に一致したからでした。「大人が子供の面倒を見るのは当然じゃろ」というルーシーに、ベリルは「同感だね。手が届く範囲は限られるけど、届く範囲なら手を伸ばすのが普通の大人だよ」と返します。
Ne主導の破天荒とSi主導の堅実さは、守るべき対象が同じときだけ完全に噛み合う。ベリルが彼女を「友人と悪友の間を反復横跳びしている人」と評するのは、その振れ幅ゆえです。
スレナ・リサンデラ(ISFP)── ISFJとの相性
スレナは幼少期に身寄りをなくしてガーデナント家に預けられ、三年ほど剣を教わった相手です。ベリル自身は「正確に言えば俺の弟子ではない」と言いつつ「いつまでも保護者視点が抜けない」とも認めています。原作第30話のゼノ・グレイブル戦では彼女のとどめの一撃に巻き込まれて愛剣が折れましたが、ベリルは「謝る必要はないよ。
スレナがとった行動は最善だ」「この剣はここが墓場だった」と受け止めました。ISFPの優位機能Fi(内向的感情)は借りを残すことを自分の輪郭の問題として嫌うため、彼女は原作第38話で自分の討伐素材を持ち込んでまで代わりの剣を打たせます。ISFJの補助機能Fe(外向的感情)は「相手が納得できる形」を優先するので、最後は理詰めの説得を受け入れる。
内向的な価値の筋を通したい人と、関係の温度を整えたい人。二人が衝突せずに済むのは、ベリルが彼女の頑固さ自体は否定せず、着地点だけを一緒に探すからです。
ロゼ・マーブルハート(INFJ)── ISFJとの相性
ロゼは道場に一年半通った元弟子で、再会したときには隣国の教会騎士団副団長になっていました。原作第86話では用もないのに「先生に会いたくて来ちゃいました」と訪ねてくる距離の近さを見せながら、その裏で王族暗殺の計画に加担しています。INFJの優位機能Ni(内向的直観)は「これで多くの子が救われる」という一つの像に自分を賭けてしまい、彼女は「血は流れるでしょう。
多くの人が亡くなるでしょう。ですが、これは救世です」と言い切りました。アニメ第1期第12話、ベリルは「俺は、人を守るための剣を教えていたはずだけどね」と応じ、師弟として剣を交えます。ISFJのSi(内向的感覚)は「自分が何を教えたか」という具体の記憶から離れないので、抽象化された大義ではなく、渡した技術そのものの責任を取りに行く。
斬った後に「殺してください」と乞われても拒み、「君は生きて罪を償い、向き合っていくべきだ」と告げたのは、補助機能Feの関係修復の発想でもあります。
ミュイ・フレイア(ISFP)── ISFJとの相性
財布を狙ったスリの少女が、いつの間にか書類上の家族になりました。原作第46話、姉を蘇らせられると信じ込まされていたミュイの境遇を知ったベリルは「少なくともいい歳こいた大人には、何も分からぬ子供を最低限導く義務がある」と内心で断じ、その後の身の振り方まで引き受けます。「何とかなるし何とかするさ。それが大人の責任だ」という言葉が二人の関係の原型です。
ISFPの優位機能Fi(内向的感情)は自分の希望を言葉にするのが苦手で、彼女は寮を断る理由も「……別に。家からだって通えるし」としか言いません。ISFJのSiとFeはそこを追及せず、生活の細部を積み重ねて安全な既定路線を作る側に回ります。原作第225話、道場の卒業生に剣を贈る慣習になぞらえて「無事に魔術師学院を卒業したら、その時は俺が君に剣を贈るよ」と約束した場面は象徴的です。
受け継いだ型を、血の繋がらない子の未来へ接続する。ISFJの伝統の使い方が最もよく出た関係だと言えます。
モルデア・ガーデナント(ESTP)── ISFJとの相性
父モルデアは、剣においてベリルが生涯超えられないと思っていた壁でした。作品の第一声からして「ベリル。いい加減孫の顔を俺に見せてはくれんのか」で、原作第9話ではベリル不在のうちに元弟子ランドリドと話をつけ、「お前はバルトレーンに腰を据えてきっちり役目を果たしてこい」と息子を首都へ押し出しています。ESTPの優位機能Se(外向的感覚)は今動くべき局面を直感的に掴み、根回しも説明も後回しで押し切る。
ISFJのSi(内向的感覚)は説明と手順を求める型なので、ベリルは「マジで聞く耳持たねえなこのおやじ」と愚痴るしかありません。転機は原作第163話の親子の手合わせです。首元に木剣を止められた父は「かーっ! 勝てんかったかー!」と笑い、看板を譲った理由を「お前が俺より強えと思っちまったからだ」と初めて明かしました。
過去の記憶に基準を置き続けるSiは、その基準の持ち主本人が更新してくれない限り解けない。父の一言が、長年の自己評価の低さをようやく緩めます。
フレン・ガーデナント(ESFJ)── ISFJとの相性
母フレンは剣を握らない代わりに、家庭のすべてを握っている人です。原作第144話ではベリルが連れ帰った騎士団副団長ヘンブリッツにも「あら、お偉いさんじゃない!」と臆さず名乗り、義理の孫にあたるミュイには「あら、あらあらあら! この子がミュイちゃんなのねえ!」と勢いのまま距離を詰めました。ESFJの優位機能Fe(外向的感情)は場の空気を先に整えるので、遠慮している相手ほど早く懐に入れてしまう。
ベリルはこの気質を受け継いだ側で、門下生だけでなくその保護者とも積極的に付き合う自分の方針を「お袋の影響が大きかったのかもしれない」と述べています。ISFJのFeは補助機能なので、母ほど前面には出ず、まず記憶と前例で相手を測ってから温度を合わせる形になる。同じFeでも順番が違うわけです。空を見て天候を当てるという母の勘に討伐の日程を委ねた原作第152話以降の展開も、蓄積された経験を信頼するSiのベリルらしい頼り方でした。
ランドリド・パトルロック(ISFJ)── ISFJとの相性
ランドリドは道場に六年通って全課程を修め、餞別の剣を受け取った弟子です。プラチナムランク冒険者にまで上り詰めながら、息子の誕生を機に引退してビデン村へ移り、ベリル不在の道場の師範代を引き受けました。同じISFJでも、二人のSi(内向的感覚)が蓄えてきた中身は違います。ベリルのSiは道場という一か所の型と記憶に紐づき、「剣は腰で斬る」を何十年も変えずに反復してきました。
ランドリドのSiは各地の実戦で積んだ経験に紐づき、悪路の歩き方、天候急変の兆し、木や岩に道標を刻む技術として現れます。原作第156話でベリルが「生存能力という意味では恐らくランドリドに軍配が上がる」と評したのはそこです。Fe(外向的感情)の使い方も対照的で、ベリルは頼まれて役割を背負い込む側、ランドリドは自分から家庭を選び取って重心を移した側でした。
原作第151話「我々には真摯に教え、向き合うくらいしか出来ないのかもしれませんね」という指導観の一致だけは、同型らしく寸分も違いません。
メイゲン(ISTJ)── ISFJとの相性
冒険者ギルドで新人育成を任されかけたベリルに、ギルドマスター補佐のメイゲンは「お待ちください」と割って入りました。原作第22話、彼が述べたのは「我々冒険者ギルドはガーデナント氏の力を知り得ていません。不確定な情報を当てにし、貴重な冒険者の命を預けるのには些か不安が残ります」という異議です。ISTJの優位機能Si(内向的感覚)は記録と確認済みの事実で世界を組み立てるので、推薦者の権威だけでは動きません。
同じSi主導のISFJであるベリルはこの筋を即座に理解し、内心で「いいぞメイゲン君。その調子だ」と味方までしています。違いが出るのは第二機能です。ISTJの補助Te(外向的思考)は検証手順を設計し、その場で「リサンデラと手合わせを」という代案を出しました。ISFJの補助Fe(外向的感情)は相手の面目を先に立てるので、手合わせ後に頭を下げた彼へベリルは「メイゲンさんの疑問は尤もです。
どうか顔を上げてください」と返します。同じ石橋を叩く型でも、叩き方と収め方が違う二人でした。
グラディオ・アスフォード・エル・レベリス(ESFJ)── ISFJとの相性
ベリルの人生を片田舎から動かしたのは、国王グラディオの御璽が押された一枚の任命書でした。原作第3話でそれを見せられたベリルは「これ絶対行かなきゃだめなやつじゃーん!」と観念します。実際に対面するのは原作第105話の王宮晩餐会で、王は「今日は礼も兼ねておる。気兼ねなく楽しんでくれ」と場を和ませ、王女を危険に晒したと詫びるアリューシアには「よい。
過ぎたること……とは言い切れんが、今は無事を祝おうではないか」と線を引きました。ESFJの優位機能Fe(外向的感情)は責任の所在を曖昧にしないまま、それでも場の温度を先に整えます。アニメ第1期第12話でベリルが剣聖と認められるのも、この承認の系譜の延長にあります。ISFJ側はFeが補助機能なので、褒賞や地位そのものはむしろ居心地が悪く、ベリルの関心は終始「早く安酒場で一杯やり直したい」でした。
役割を与える人と、与えられた役割を守る人。序列の上下ではなく、Feの位置の差がそのまま二人の距離になっています。
サラキア・アスフォード・エル・レベリス(ENFJ)── ISFJとの相性
サラキア王女は、ベリルにとって最も熱心な後援者です。アニメ第1期第10話からの護衛任務で戦いぶりを目にして以来、原作第105話の晩餐会では父王に「ベリルは本当に凄かったのですよ。波のように押し寄せる敵兵を次々と……」と怒涛の売り込みを行い、専属護衛への推挙まで引き出しました。原作第197話では、輿入れの遠征でベリルに部隊を持たせる案まで発議しています。
ENFJの優位機能Fe(外向的感情)は、価値を見出した人間を組織の常識ごと動かして引き上げようとする働きを持ちます。ISFJのFeは補助機能で、しかも向く先が「目の前の一人に対してどう振る舞うべきか」なので、ベリルは「サラキア王女の謎プッシュはいったい何なんだ」と当惑し、部隊指揮の話も「人を率いるのは無理だ」と辞退しました。
同じ外向的感情でも、人を配置しようとする力と、持ち場を守ろうとする力に分かれる。押し引きが噛み合わないまま好意だけが通じ続ける、珍しい関係です。
グレン・タスマカン・グディル(ESFJ)── ISFJとの相性
隣国の第一王子グレンとは、アニメ第1期第10話からの首都遊覧の護衛で接します。原作第89話、彼は護衛の隊列を止めてまで予定外の店に馬車を寄せ、サラキア王女が目を留めた髪飾りを贈って「やはりお似合いです。ここで馬車を降りてよかった」と満足しました。ESFJの優位機能Fe(外向的感情)は目の前の相手を喜ばせる判断を最優先するので、警備計画への波及までは読み切れません。
実際この寄り道が原因で店に国民が殺到し、騎士団が警備を割く事態になります。ISFJのベリルは同じFeを持ちながら補助機能に置いているため、まず優位機能Si(内向的感覚)で「段取りが崩れると何が起きるか」を過去の経験から読む側に回る。同じ善意でも、先に走るか先に確かめるかで分かれるわけです。ベリルの評価は「最初のお茶目を除けば礼儀正しく素直な王子様だなあ」で、後に王子が護衛の人選を委ねたときも「彼は決して、凡愚ではない」と結論しました。
ガトガ・ラズオーン(ESFJ)── ISFJとの相性
教会騎士団長ガトガとは、原作第84話で「俺はガトガ・ラズオーン」と自ら名乗られたのが最初で、次の話にはもう敬称まで外させる距離の詰め方をされます。アニメ第1期の使節団編では常に同じ陣営で刺客に当たっており、二人が互いに剣を向ける場面はありません。関係が決定的になるのは、副団長ロゼの造反が露見した後です。
ガトガは彼女を「ロゼは俺の妹なんだ。義理ではあるがな」と明かしたうえで、孤児院の子どもが人質に取られていたと知るや公式記録の書き換えを決め、「ロゼに関してはおたくにも一枚噛んでもらうぜ、ガーデナント」とベリルを共犯に引き入れました。ESFJの優位機能Fe(外向的感情)は、守るべき人間関係のために制度の運用のほうを曲げる決断を辞さない。
ISFJのベリルもFeを持つので動機は理解できますが、優位機能Si(内向的感覚)が「自分は何をした人間として記憶されるか」を問い続けるため、引き受け方は一段重くなります。同じ大人の責任でも、背負う場所が違う二人でした。
シュプール(ISTJ)── ISFJとの相性
シュプールは司教レビオスに付き従う教会騎士のリーダー格で、アニメ第1期第6話までの一連の事件でベリルと刃を交えた相手です。原作第64話では部下の得物が一撃で潰されるのを見るや「あの剣は危険だ、注意しろ」と即座に警告し、通常の斬り合いでは通じないと判断すると「……奇跡の使用を許可する。油断するな」と段階的に手を変えていきました。
ISTJの優位機能Si(内向的感覚)は目の前の事象を過去の判断基準に照らして淡々と更新するため、乱戦下でも評価が崩れません。同じSi主導のISFJであるベリルも、その手数と速度に「明らかに他の連中とは二枚も三枚も違う」と冷や汗をかいています。決定的な差は第二機能でした。シュプールの補助Te(外向的思考)は戦術的に最も効率のよい標的、すなわち後方のフィッセルへ躊躇なく切り替える。
ベリルの補助Fe(外向的感情)はその一手に激怒し、剣筋が鈍るほど冷静さを失いました。合理を貫く型と、守る相手で我を失う型の対比です。
イブロイ・ハウルマン(ENTP)── ISFJとの相性
スフェン教の司祭イブロイは、ベリルに初めて「人に剣を向ける仕事」を持ち込んだ人物です。原作第60話、彼は自分が司教を拘束できないこと、教会騎士団を国境を越えて動かせないことを全て開示したうえで、「レベリオ騎士団は参考人招致に動いている。一方、君はスフェン教の司祭から正式な依頼を受ける。これで問題ないじゃないか」という形式論でベリルを動かしました。
ENTPの優位機能Ne(外向的直観)は制約の隙間から成立する筋道を組み上げるのが速く、教徒でない相手には「奇跡」をあっさり「魔術」と言い換えて笑ってみせます。ISFJのベリルは第三機能Ti(内向的思考)でその論理が通っていること自体は理解できるので断り切れず、しかし優位機能Si(内向的感覚)が「この人の底が見えない」という違和感を消してくれません。
「悪人ではないと思うけど、それでも掛け値なしの善人というにはちょっと憚られる」という評価が最後まで更新されないのは、そのためです。
レビオス・サルレオネ(INTJ)── ISFJとの相性
司教レビオスは、ベリルが初めて捕縛の任を負った相手であり、アニメ第1期第5話から第6話にかけての事件の中心にいた人物です。夜の教会前で参考人招致を告げられると「これも神の思し召しだ。奇跡を授かる者が一人増えたとて、何も問題はない。――やれ」と、通りすがりの人間を斬らせる指示を出します。INTJの優位機能Ni(内向的直観)が「死者蘇生の完成」という一点の像に固着し、補助機能Te(外向的思考)が人命を研究の資源として順位付けした結果が「価値のない者たちを神に捧げて何が悪いというのだ」という言葉でした。
ISFJのSi(内向的感覚)は目の前の一人ひとりの具体を切り捨てられないため、操られた遺体を斬る役目を「彼らの胸に剣を突き立てる人物は、俺でなければならない」と自分に引き受けます。作中で最も激しく感情を乱した相手でありながら、胸倉を掴んだ手を止めたのは「その裁きを下すのは俺個人であってはならない」という補助機能Feの分別でした。
ファウステス・ブラウン(INTJ)── ISFJとの相性
ファウステス・ブラウンはアニメには一度も登場しないため、以下は原作小説に準拠した記述です。魔術師学院の教頭である彼は、剣を教えに来たベリルに溜息まじりで「あまりこの場を荒らすようなことは控えてもらいたい」と告げ、去り際に「ただ、地下には近付かないよう」と忠告しました(原作第115話)。INTJの優位機能Ni(内向的直観)には、確証のない一点の像に人生を賭けさせてしまう働きがあります。
彼は学院長の不老の秘密が地下にあると「故もなく確信」し、十数年かけて封印を相殺する魔装具を独力で作り上げ、そして原作第129話、何もなかったと知った瞬間に精神が壊れました。四十五歳で衰えを自覚しているISFJのベリルは、この動機を切り捨てません。「すぐ傍に老いも衰えも跳ね返した人物が居たのなら、俺はその可能性に縋ってしまうかもしれない」と、Si(内向的感覚)が積み上げてきた自分自身の身体感覚から相手の恐怖を追体験し、罪を認めたうえで保護を選びました。